医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの葛藤や想い出についてお話を伺っています。
今回は、Antaa Academia 第5期に参加された松田 悠司先生(消化器内科、産業医、パーソナルドクター)のAntaa Academiaとの出会いとキャリアにまつわるお話を伺いました。
子どもの成長は待ったなし!退局との葛藤
松田先生、今日はお話を聞かせていただきありがとうございます。まず、自己紹介からお願いできますか?
アンターアカデミアは2022年第5期に参加させてもらいました。
参加する前までは、中部地方の大学病院で消化器内科の医師として医局のレールに乗る形でキャリアを歩んできました。診療科を選んだ理由は、学生時代に総合診療のムーブメントがあったからだと思うんですけど、その影響が大きいですね。中山さんの時もありました?
そうですね、当時はそんな流れがありましたね。
ですよね(笑)医者として身体全体を診れることっていいことだよな、と思っていて、総合診療をやろうと思っていたんですよ。結構ギリギリまで、それこそポリクリをやっている時は総合診療をやろうか、消化器内科をやろうか(あと実は小児科も)と色々と考えていたんです。
結果的には消去法で選びましたね。総合診療では全ての分野を完璧にカバーするのは無理だと感じて、消化器内科は幅広くカバーできると思ったからです。また、研修先の病院で消化器内科にも関わる機会があったので、実際にその研修を通じて面白さを感じることができました。
実際に経験を積むことで方向性が定まったんですね。
そうですね。研修中に胃カメラをやらせてもらって、できるようになったことも大きな経験でした。最初は模型で練習して、最後には実際の患者さんを相手にした経験がありましたから。
すごいですね!それは貴重な体験ですね。
はい、積極的に経験させてくれる病院だったので、そのおかげで消化器内科を専門に選ぶ決心がつきました。初期研修の病院には本当に感謝しています。
その後はどのようにキャリアを歩んでいったのでしょうか?
自分は大学院に進むレールに乗ったんですが、正直、研究には特に興味がなかったんですよね。ただ周りが大学院に行くからという理由で進んだ形です。そして、大学院に行く直前のタイミングで子供が生まれることになりました。
親としての役割も大事ですよね。
ええ、その時は特に感じました。消化器内科は夜間も呼ばれることが多い科なので、当時は子供と過ごす時間が思ったより少なかったんです。特に子供の成長を見逃してしまうことへの不安を感じました。勤務中に立ったり、歩いたりする子供の成長を知らせる動画が送られてきたときは、心が痛む瞬間もありました。
それが、私にとって大きな考え方の転機になったんです。
子供の成長は待ってくれないので、仕事に没頭しながらも家族との時間を大切にしたいと思うようになりました。そこで少しずつ仕事の量を減らし、家族との時間を増やすことを考え始めたんです。
家族との時間を大切にすることが、キャリアの切り替えにつながったのですね。
はい、そうです。医局を離れる1年前から、実はその方向で交渉を進めていました。私自身、研究に興味がないのにそのレールに乗ってしまっていたので、それを見直す必要があると感じていました。医局は結構厳しい環境で、自由な働き方をしている医師は周りにはいなく、選択肢が限られていました。
皆さん、決まったキャリアルートを辿っているんですね。
そうなんです。大学院に行って研究をして、その後市中病院に戻っていくルートが基本的な流れです。開業を考えている人は、大学院に行かずに外部病院で経験を積むこともありますが、そういった選択肢はあまり知らなかったですね。
でもやはり自分がやりたいことにコミットした方がいいという思いがありました。
それで、医局を離れるという決断をされたのですね。
そうですね。当初は開業を考えていなかったので、ならば医局を離れて自分で就職先を探すしかないと思いました。ただ、最初の時点では医局の先生に説得されて…。そう簡単には離れられない雰囲気でしたね。
でも半年後にはまた悩んでしまって「このままでいいのか」という疑問が強くなり、最終的には離れる決意をしたんです。
離れることを許可されたというよりは、もはや「この人に何を言っても無駄だな」という形で、諦めてもらったもらったような感じです。
そのプロセスが大変だったことが伝わります。離れるのにどれくらいの時間がかかったのでしょうか?
そうですね、1年から1年半くらいだと思います。その間は悩みに悩んでいました。相談できる人が近くにいなくて、自分の中で考え続けるしかなかったんです。
その時、何か指針となるものはありましたか?
書籍か何かで読んだのかはあまり覚えていないんですが、人が死ぬときに後悔するのは、仕事をもっとやればよかったということではなく、友人や家族との時間を大切にしなかったことだということが心に残っていました。今の働き方のままだと、子供と過ごせていないのが後悔に繋がると思ったので、これはしっかり達成しないといけないものだと感じました。
それが転職の大きな動機になっていたのですね。
はい。それで、転職先も週4勤務で当直なしという条件をしっかりと設定しました。その条件に合うところを根気よく探しましたね。
自分の希望を明確にすることが大切ですよね。
医局以外でこんなにも医師同士がつながれる驚き
アンターアカデミアの方にも興味を持たれたのはどのタイミングでしたか?
医局で勤務していた頃から、マネジメントの重要性を感じていました。医師として、看護師などに何かを教える機会や仕組みを考える必要があると思い、そこを学ぶ機会が欲しいと思ってました。でも当時は、大学院でアカデミックな方向で学ぶという考え方しかもっていなくて、その頃の働き方ではハードルが高いと感じて避けていたんですよね。
また、退局した後に横のつながりが薄れてしまったことも悩みの一つでした。無理に離れてしまったこともあって自分からは声をかけにくく、医療のことやマネジメントの相談をできる先がなくなった状態でした。そこで医師との新たな繋がりを持たなければまずいなと思っていたタイミングでした。
アンターアカデミアでは医局をまたいで医師同士でディスカッションできる場と知り、マネジメントについての興味もあったので、参加してみようと思ったのが2年前ですね。
参加されてみてどうでしたか?
基本的にはオンラインで参加しました。やっぱりマネジメントに関することでは、今まで読んだことのない書籍を読む機会にもなりました。世の中には今までに出会ったことのないジャンルの書籍がたくさんあるんだなって思いました。そして、それを読んでも、自分がちゃんと現場というか、医療に落とし込めるかと言われると、そこまでの能力がありませんでした。
そこは、講師の小松さんがうまくカバーしてくれる部分が多くて、実際の臨床でのイメージがすごく湧きやすかったです。小松さんの話を通じて、具体的に「なるほど、こういうことに使えるんだ」と感じられて、講義を受けた翌日から実践に活かせる知識が得られるのが本当に魅力的だと思いました。
加えて自分が一番魅力を感じたのは、心理的安全性が高かった点ですね。自分のような人間でも受け入れてくれる雰囲気がすごく心地よかったです。
特にオフ会に参加すると、みんな他の先生方も素晴らしい方ばかりで、同じ悩みであったり、様々な話をすることができて、医局以外でこんな人間関係を築ける場があるということが衝撃的でした。この場をとても大事にしたいと感じたことが印象に残っています。
確かに、そういう場はとても大事ですね。印象に残った回や書籍、エピソードはありますか?
そうですね。田久保先生がゲストに来てくださった『志を育てる』の回が印象深いです。当時、私は医局を抜けて働き始めたばかりで、消化器内科医としての診療には困っていなかったんが、その後のキャリアを考えて離れたわけではなく家庭の事情で一度キャリアをストップすることにした結果、改めてどう自分のキャリアを築いていこうか悩んでいたタイミングでした。
なるほど。どのように成長すればいいのか悩まれていたということですね。
そうです。大学から外れたので、最先端の消化器内科の技術や知識を詰め込むのが難しい状況になった中で、どう医師として成長していけばいいのか全く分からなくなっていました。そんな中で『志を育てる』を読んでみて、とても印象的だったのは、「今の状態を積み重ねていくことで、最終的にはたどり着く先が理想的な状態になればいい」という考え方です。
何か目標がないとまずいと思って悩んでいましたが、講義を通じて「今急いで目標を描く必要はないんじゃないか」と気づかされたときには、ひとつ肩の荷が下りた感覚がある気がしました。
アンターアカデミアの参加者には、何か変化を求めようとしている先生方が多い印象を受けますね。
そうですね。参加者の中にも変化を求めている方が多かったように思います。キャリアチェンジや新たなスタートを考えている方もいましたので、その中での気づきはとても重要だと思っています。
確かに、キャリアについて考えるのは難しいですよね。
はい。私自身はキャリアをどうこう考える前に、まずは時間を確保する必要があったので、勢いよく離れてしまったんです。その後、キャリアを考えるのは後回しにしていましたが、今になって考えたりするようになりました。
志を育てる、アンターアカデミアでの出会い
アンターアカデミア参加後の松田先生は現在、どんな生活、働き方をされていますか?
本当にいろんな出会いがあって、今は消化器内科医として内視鏡をやりながら、訪問診療医、産業医、パーソナルドクターとしても活動しています。
その中でひとつの事業のお手伝いとして、経営者の方々の健康管理サービスを提供しています。病気になる前に医学的な知識を使って病気にならない体を作ったり、予防・早期発見ができるような取り組みを広めたいと思っています。なかなか普及させるのは難しいかもしれないですが、少なくとも自分の関わる人に対してはそういった知識の使い方があることを伝えていきたいです。
医療従事者として、早めにアドバイスをもらえると変わるかもしれないという思いがあるんですね?
そうですね、たとえば身近にいる医療従事者として、早めに受診した方が良いと言う一言があったら、その方の状況を変えられるかもしれない。自分がそういう立場になれれば、最終的にはもっと世の中に貢献できるのかなって考えています。
やっぱり、医療というものは私の軸になっていますし、保険診療も大切な部分です。実臨床には関わっていきたいですし、現場感を持っておくことも重要だと思っています。その中で学んだことを、今健康であると思い込んでいる人や症状は出ていないけれど医療の知識が必要な人に伝えることができれば理想的ですよね。
未来のイメージがしっかりあって、素晴らしいですね。この3年間のキャリアの変化があって、次の道筋が見えてきているようですね。
そうですね、数年前にはこんなことは考えていなかったので。目の前のことに取り組みながら、興味がある分野に首を突っ込んでいくことで、面白いなと思ったことが次のステップに結局つながっていっているって感じですね。
最後に若手の先生たちに伝えたいメッセージはありますか?
最近は保険診療に対してネガティブなイメージを持っている若手医師が増えていて将来への悲観論や待遇面での不満から、保険診療から離れ、たとえば美容分野であったり一般企業に進んでいる人も少なくないと感じています。みなさん、キャリアに悩んでいるのかなと。
確かに、キャリアをどう進めるべきか悩んでいる方も多そうですね。
そうですね。ただ、医師を志した理由は、患者さんを救いたい、という純粋な気持ちがもともとはあったのではないかと思うんです。
まずは、医者としてのコアな部分である程度の経験を積むことは大切だと思います。それと並行して興味のある領域には積極的に関わっていくことをお勧めしたいですね。
また、目の前のキャリアをどうしたらいいかわからないと漠然と不安を感じている若手の先生には、アンターアカデミアに参加することでキャリアの選択肢として様々な先生方との出会いがあることを伝えたいです。
大規模な病院で悩みながら自分の思い描いたビジョンに向かって前進されてる先生もいたり、開業医の先生は大きなビジョンをもってそこに歩まれていたりとか。みなさん、やっぱり何かしら悩みながらでも一歩ずつ歩んでる。そんな志が高い先生たちに触れるだけでも、心持ちが変わるんじゃないかなとは思っています。そこでの経験が今後のキャリアにプラスになったらうれしいです。
志を持つことが大事ですね。アカデミアでマネジメントも学びつつ、キャリアの面でも刺激を受けたというお話、素晴らしいです。今日は本当にありがとうございました。
松田 悠司┃消化器内科、産業医、パーソナルドクター
2013年滋賀医科大学卒業。公立陶生病院にて初期研修、後期研修を終了し、その後消化器内科医として勤務。西知多総合病院、さくら総合病院と勤務先を経る中で、病気を治すだけではなく未然に防ぐためにも正しい医療の知識が必要と予防医療の重要性を痛感。その思いから、現在では内科医、消化器内科医としての活動の他、産業医、パーソナルドクターとしての活動も並行して行っている。
・日本内科学会認定医
・日本医師会認定産業医
・日本消化器病学会専門医
・日本消化器内視鏡学会専門医
・健康経営アドバイザー
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