自分を尖らせるか、広げるか AI時代の医師キャリア戦略 中編│豊田地域医療センター│湊しおり 先生

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。

今回は、愛知県豊田市の豊田地域医療センターで、総合診療を行う湊しおり先生にインタビューを行いました。

中編では、湊しおり先生のキャリア戦略の中身について、お話を伺いました。

>>前編 ”キャリア選択は消去法から決めていた、私の診療科選び” はこちら
>>後編 ”白黒つけない、自分ファーストな道を!” はこちら

目次

自分を尖らせるか、広げるか

Antaa 西山

病院近くの短期大学で講義があり、その講義をする中で”AIが発展していく時代にどういった仕事が残っていくのか”というテーマでご講義されたことがあったのですね。

湊先生

はい、医者のキャリアはどうしていったらAIに負けないのかなっていうのをそのとき考えてみたんです。そうしたら、どんどん専門を積んでいって二等辺三角形の先端をどんどん尖らせていくみたいなキャリアを積んでいく方向か。もしくは横にブロック繋げて広げていくようなキャリアの積み方かの2択になるんじゃないかと私は思ったんですよね。

AIは、おそらくどんどん進化していって、初めは人間が情報をインプットしなきゃいけない存在だけど、そのうちAIが自分自身で研究したり、進化したりし始めるんじゃないかなって。そうなるとAIに何か選択肢を与えるとか、AIの使い方を定義していくといった立場にならない限り医者もAIに乗っ取られちゃうなと思ったんですよね。

湊先生

それでどっちのパターンがいいかなってなったときに三角形の先が尖っていくように一つのことを突き詰めるとか研究するのは私はすごい苦手で、あちこち広げて行く方のパターンで行こうって思ったんです。

広げるのにどういう方向に広げようかなと思ったとき、山間部の田舎の病院に1年いたときのことが私の中ではヒントになって、いずれは減少するにしても、まだここから先を見据えたとき高齢者を全体的に診られる方ことには価値があるだろうと思いました。

高齢者は整形疾患がとても多いから、高齢者の整形疾患が診られるのだったら高齢者の内科疾患も診れて、術前術後の管理もできて、家に帰るとか在宅に帰るとか訪問診療に繋げるとかの社会調整も全部できるようになれば、ひとまず私は安泰なんじゃないかなって想像したんです。

Antaa 西山

方向性が見えてきたとき、どのように勤務先を探しましたか?

湊先生

ひとまず整形外科の専門医を取って、内科の診療をさせてくれるところをいろいろ検索しました。山間部の病院での経験もあって、より僻地に行く方が望んだ働き方ができるんじゃないかなと思いました。ゲネプロという僻地離島で働く医師を育成するという会社があって、そこを通して2年間僻地に行ってるんですね。そこで内科と産婦人科で働かせてもらって、合間に整形外科の手術をしてみたり、救急隊とのネットワークを作ってみたり、いろいろやって、こういう働き方はいけそうだみたいな感触がありました。

だけど、その僻地に行って体当たりでいろいろ勉強して思ったのが、本を読んだりとか体系的な知識を学ぶみたいな事はそもそもあまり得意じゃないないし、1人だと尚更できないなと感じました。降るように知識を与えてくれる環境に行ってみたいなと思った時に、それができる環境ってアカデミックな大学関連かなと思いました。

湊先生

それでたまたま藤田総診に知り合いがいたので入ったという流れです。なので私は総合診療に転科したとか、総合診療をやり始めたというよりかは、整形外科のキャリアを積んでいくうえで横に広げていくために内科が必要で、でも一時でも内科だけに絞るのは嫌だから整形外科と内科の両方をやれる場所を探したら今の職場にたどり着いたって形になります。

Antaa 西山

すごい一連のストーリーがあって、ドキュメンタリーを聞くような感覚で聞いてしまいました。そのストーリーが転換する環境が変わるときに悩んだ瞬間ってあったりするんでしょうか。誰かに相談とかはあったりしたのでしょうか。

湊先生

相談はほぼしてなくて、気になったことのワードをネットで検索して、めぼしいワード、たとえばゲネプロとかにたどり着いたらすぐに連絡してアポとって、話を聞きに行くとか、面白いブログ書いている人がいたらそこにメールを送るとか、とりあえず動き出します。動き始めて、思っていたのと違ったからやめようとかはあるけど、

何かを変えるとか始めること自体は、うーんそうですね…。迷ったことはないですね。

迷うとしたら今の生活に飽きちゃったとか、今やっていることが楽しくなくなってきて、でも今そこにいる人たちに悪いな、だけどやっぱりもう飽きているから、どういうふうに残していく人たちに言い訳するかとか、立つ鳥跡を濁さないためにはどうしたらいいかみたいなことは考えますけど。

Antaa 西山

例えば話聞いたときに、こういうことだったらやらないって決めてることってあったりするんですか。それとも、そもそもこれをやる前提で聞いているから、そんなことにはならなかったりするんですかね。

湊先生

全部やる前提ですね。あまり深く考えてないんですよ。

だからターニングポイントとしては、急性期病院の一歩外の世界を見たことと、AIのことを考えてキャリアを積み方はどういう形があるかな、を考えたときがターニングポイントだったかなと思います。

黒でも白でもないベターなグレー探し

Antaa 西山

先ほど話に出た点で私が理解できていなかった部分なんですけど、キャリアを縦に行くか横に広げるかという話で、横に広げていくことってAIは込み入ったことより広い知識の方が得意そうなイメージで、AIの時代に勝っていくってなったときに、横ってAIに情報戦で負けないのかなとも思ったりしました。横に広げることのポイントについて、もう少し詳しくお聞きできれば嬉しいなと思いました。

湊先生

私の言う横に広げるっていうのは、分野を横断するとか知識の幅を増やすということより、複雑なものや個別性のあるものに対応する力を身につけるみたいなことかな。

AIだったら正しい答えは多分1個を導いてくれると思うのですが、人間の現実だとそうではなくて、本来合理性を取れば正しい回答はここにあるけど、本人が絶対うんと言わないから落としどころが全然違った着地点になるとか、退院先のセレクションでこのパターンはこういう形態の施設に行くのがよいでしょうとAIは決めてはくれるけど、この施設に行くのに実際は家族がYesと言わないとか、本人がそこに行けない理由があるとか、生活保護にしないと本当は落としどころがつかないとか、そういった複雑怪奇なものだったり、答えが白でも黒でもなくてグレーのグラデーションのどこかにしかなりようがないみたいなことかなと思います。

湊先生

1人の患者さんの医療とは関係ない家族背景や生活感、人生観も含めて、そもそも治療するかしないかすらグレーの中から探っていくのっていうのが横に広げる方のイメージで、そのためには整形外科だけでなくて内科とかの知識も必要って思ったって感じですね。

Antaa 西山

湊先生って白黒はっきりされてて、ジャッジもパパッと早い印象が勝手にあるんですけど、そういった中で、逆に患者さんの背景等のグレーな部分をアプローチするところって湊先生の思考と逆のような気もしました。そういったところに興味関心があったりするのは必要だからなのか、逆に自分と違うから興味があってできるのかみたいなところでいうとどんな感じなのでしょうか。

湊先生

難しいですけど、自分のことも白黒ついているわけじゃなくてグレーの中のよりベターなグレーはどっちかを選んでいる気がしますね。

患者さんに関しても、例えば高齢者を診療していたとして100点満点の治療ができるとか100点満点のゴールが決められることはあまりなくて、大体70点ぐらいの選択肢が三つぐらいあるの中のどれがいいかっていうのを決める感じです。その3つから選ぶのは早いんだと思います、私は。少ない選択肢から選ぶことに関しては迷ったりはしないので、そこが白黒はっきりしてそうに見えるのかな。

このグレーに付き合うのが好きかどうかは個人差だと思うんですけど、私は人からどう見えているかはさておき、割とグレーに付き合うのは好きですね、もともと。

>>前編 ”キャリア選択は消去法から決めていた、湊先生の診療科選” はこちら
>>後編 ”自分らしさを大切にするキャリア戦略” はこちら

湊しおり|内科・整形外科
広島大学卒業。青森県八戸市で初期研修後、愛知県で整形外科専門医取得後、千葉県銚子市の島田総合病院で内科・産婦人科勤務を経て、現在豊田地域医療センター(藤田医科大学 総合診療プログラム所属)に参加。現在は総合診療・整形外科医として勤務。

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