家庭医をしていたらアメリカで研究することになっていた話│ハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学│阿部計大 先生

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。

今回は、ハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラムで、研究を行う阿部計大先生にインタビューを行いました。

阿部計大先生の家庭医と公衆衛生との出会いについて、じっくりとお話を伺いました。

目次

国際保健プロジェクトと家庭医との出会い

Antaa 西山

本日はお忙しい中、ありがとうございます。これまでのキャリアでどんなところで悩まれたかやターニングポイントで感じたことなどお聞かせください。

初めに診療科を選択したポイントから、お話を伺えますでしょうか。

阿部先生

2010年に大学を卒業して、北海道の手稲渓仁会病院にお世話になりました。

ポイントとなるお話は主に2点あって、1つ目が元々学生時代、国際医学生連盟(IFMSA-Japan)という国際NGOに入っていました。大学入ってすぐの頃、先輩がネパールで国際保健のプロジェクトをやっているという話を聞いて、最初は単純に「海外に行きたいな」みたいな気持ちで徐々に関わっていきました。

その活動を行う中で、国際保健や公衆衛生を学び触れていくうちに、その重要性にも気づいていくという学生時代を過ごしました。

阿部先生

そんな中、勿論並行して臨床実習も行うのですが、特定の臓器にはそれほど興味が持てず、やはり患者さんや家族、地域に興味がありました。地域に近い訪問診療や外来とで診療したいと思い、地域に出ていくこともある分野を考える中で家庭医療が候補に上がってきました。

2つ目のポイントとしては、大学5年生の冬にミシガン大学のマイケル・フェッターズ先生が大学に講演に来られて、先生の話に感銘を受けたことがきっかけで、家庭医療(Family Medicine)を目指したいと思いました。

その頃は、本当に臓器別のことしか学んできていなかったので、人を人として診るところに純粋に惹かれました。病院に来る患者さんが訴える症状は、その地域の人たちが持っている健康問題の中の本当にごく一部です。
そして、病院やクリニックに来られる患者さんの主訴の8割は自分たち(家庭医)で解決し、残り2割は専門家に相談していく形になるという話でした。そうなってくると、最もその地域の健康問題の多くの部分にアプローチできるのが家庭医療だなと思いました。

研修医時代、味わった挫折感は臨床研究の学会発表の場

Antaa 西山

現在海外にいらっしゃることも含め、学生時代からさらに色々な経験を経ていると思うのですが、大学卒業後のキャリアの中でもターニングポイントはありましたか?

阿部先生

大学を卒業後、北海道で5年間研修をしていました。その頃のポイントも2つありますね。

1つ目は医師3年目の頃のことです。
学生時代のつながりから相談を受けて、有志で日本医師会の中でJunior Doctors Network (JDN)という若手医師のネットワークを立ち上げようという話になりました。というのも、学生時代だと公衆衛生や国際保健活動に取り組んでいる人たちは結構いるのですが、医師になるとどうしても目の前の臨床のトレーニング等でいっぱいいっぱいになってくるので、公衆衛生の分野に進む人が少なくなってしまうというのがあり、細々とでも繋がっていたいよねということで始めました。医師会に若手の声を届けたいという想いもありました。

その中で有志と色々な勉強会をしたり、世界医師会の総会で他の国の若手医師の方と話す機会があり、学生時代の国際保健のプロジェクトをしていたときの感覚を思い出せて、とても楽しかったです。臨床も好きでしたが、その活動を通してこういった活動がやはり好きなんだなと思い出したのが1つです。

阿部先生

2つ目が、当時手稲渓仁会病院での初期研修が終わるタイミングで臨床研究の発表会がありました。

自分なりの独学で、訪問診療に行っている患者さん100人ぐらいをカルテレビューして臨床研究をしました。学会発表で賞にノミネートしていただいたのですが、一緒にノミネートされた大学院で学んでいる先生方の発表を見て質の違いを感じ、恥ずかしくなってしまいました。ちょっとした挫折感というか。これはやはり腰を落ち着けてしっかり勉強しないと駄目だなと思って大学院に行きました。

Antaa 西山

大学院に行ったからこそ視点が変わったなと感じたことはありますか。

阿部先生

それはかなり変わりましたね。

例えばそれまでの研修中はそんなに本を読む時間もなかったので、教養として読んでおくべき本を読む時間ができました。様々な分野の先生方の講義を聴いて、体系的な知識を得られました。

また、公衆衛生学教室に入っていたのですが、同期にとても恵まれたと感じていて、そこでは色々な興味の違う方と出会えたのが大きかったと思います。経済学に興味がある人、社会疫学に興味がある人、統計学や機械学習等の手法に興味ある人など色々な興味がある人たちがいて一緒に勉強することで、視野も広がり1人では学べないことが沢山学べました。

日本とアメリカの公衆衛生学のプログラムの違い

Antaa 西山

今、ハーバードで研究をされていると思いますが、日本の公衆衛生学のプログラムとアメリカの公衆衛生学のプログラムで違うところはあったりするのでしょうか。

阿部先生

東京大学とハーバード大学の基礎的な授業を聴く限りは、教えている内容はほとんど変わらないのではと思います。疫学や統計学などの基礎知識は共通しているので。

ただ、ハーバードの方がチームで課題をこなすなどの能動的な教育方法が多くつかわれていて、東京大学では体系的な講義が多かった印象があります。両方良さがあります。また、専門分野によっては得意、不得意があって、例えば、アメリカは医療経済学や政策学の研究が盛んですし、AIなどの先端技術の教育への導入も速く、多様な専門家による授業が取れます。一方で、アメリカ視点に偏った話になりがちです。日本だとやはり日本の文化的背景や制度などを踏まえて学べるのが実践的だと思います。私は日本のデータベースを使ってプライマリ・ケアや介護サービスの有効性を定量化して政策的示唆を見出す研究に取り組んでいますので、日本でもアメリカでもそれぞれ学ぶことが多くありました。

Ph.Dコースになると、アメリカの方が要求されるレベルが高いと思います。まず卒業要件が違います。日本の大学は、だいたい論文を1本出せば、Ph.Dの卒業要件を満たすと思いますが、アメリカの場合、3つのプロジェクトを完了する必要があるようです。自分の経験と照らし合わせても、3本ぐらい筆頭で論文を書くと、1人である程度プロジェクト回せるようになってきますので、既にPh.D取った時点でスタートラインが違うなと思います。

Antaa 西山

アメリカで研究・留学することを目指されてる医師も多いと思うのですが、英語に関しては、ご自身の経験からすると慣れるという感じでしょうか。

阿部先生

僕はそう思いますね。慣れるしかないかなと思います。

ボストンに住んでみて感じているのは、ある意味、本当にサラダボウル状態なわけです。住人の多様性がありすぎるので、価値観も違い過ぎて融合することは難しく、自然と住み分けられています。

周りを観ていても、別に自国のなまりが強くても気にする必要はないし、ぼくらもジャパニーズイングリッシュで押し通すみたいな感じでも良いんじゃないかなと感じました。無理に混ざり合うことは止めて、自分は自分でやるべきことをやると開き直ることをこちらに来て学びました(笑)

小児科医の妻と自身のキャリア、家族との対話

Antaa 西山

続いてキャリアとプライベートについて悩むことはありましたか。また、どう折り合いつけているのか伺えたらと思います。

阿部先生

僕はプライベートだと小児科医の妻と、4歳の息子との3人家族です。

キャリアの方は、僕はデータベースを使った研究をしているので色々な政府統計を使わせてもらう事もあるのですが、効率よくエビデンス出していくためにはデータと研究者をある程度1ヶ所に集め集約化してやっていく必要があります。ただそうなると研究できる場所とキャリアとプライベートを考えたときに、妻の職場のこと、子育てのこと、さらに両親のこと等の要素を考えると「ここに居たいよね」というのはあるのですが、なかなかそう思う場所では研究できない現実があります。

研究できる場所はある程度限られているので、その枠の中で良い形を探しながら妻と話合って決めています。

Passion・Ability・Network

Antaa 西山

これまでの歩みを伺うと、その場その場で出会った方から色々な気づきを得て選択されているように感じました。そのときの意思決定の決め手や方法論などはありますか?

阿部先生

キャリアの歩み方は十人十色だと思うので、僕の話聞いても参考になるかわからないのですが、僕が気をつけていることはパッションの部分です。どういうことに情熱を注げるか、常に自分に問い直しています。

例えば、公衆衛生を学びに大学院に行くときも、その手前でJDNを立ち上げた過程で公衆衛生や国際医療が好きだというところを再確認したというのがありました。また、それまで研究は全然興味なかったのでやったことがなかったのですが、やってみたら寝食を忘れるぐらい徹夜できて「あー、すごく研究が好きなんだな」って気づいたんです。

阿部先生

だから自分が何が好きかっていうパッションをまず考えて、それに取り組むために自分の能力(アビリティ)を磨きます。そして、その過程で人的ネットワークを構築していきます。人的ネットワークが足りていないときは、意識的に人と会ったり、人に相談するようにしています。

このパッション・アビリティ・ネットワークというのが三位一体で上手いこと揃うと、次の道が拓けるような気がします。逆に、道が拓けないときは、3つの要素のうち、いずれかが不足していることが多いようです。

キャリアに悩んでいる先生に向けてメッセージ

Antaa 西山

最後に今キャリアに悩んでる若手の先生に向けて、今日のお話も踏まえ阿部先生からメッセージをいただけますでしょうか。

阿部先生

キャリアに悩むということは、自分が情熱を傾けられるような好きな仕事ができてないといった”いわゆる理想と現実のギャップがある”ということなので、それが生じたときに自分はなにをやりたかったのかな、どんなことが好きなんだっけと問い直し、自分を見つめ直してみてください!

阿部計大|総合診療・家庭医
北里大学医学部卒業。 家庭医を志し手稲渓仁会病院にて研修後、東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学で博士課程修了。同大学で特任研究員として研究に従事。2020年8月よりハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラムにて研究に従事。2023年8月より同大の社会・行動科学教室。

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