医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。
今回は、広島大学病院で整形外科の診療と大学院で基礎・臨床研究を行う橋口直史先生(広島大学大学院医系科学研究科整形外科学)にインタビューを行いました。
前編では、橋口直史先生の整形外科を志すきっかけについて、じっくりとお話を伺いました。
>>後編『実家を継ぐ、だからこそ今蓄えたい多角的な視点と行動の原動力』はこちら
父への憧れから導かれた整形外科医への道
本日はお忙しい中、ありがとうございます。これまでのキャリアやターニングポイントについてお話を聞かせてください。
初めに診療科として整形外科を選択したポイントからお話を伺えますでしょうか。
ありきたりではあるのですが、もともと父が整形外科医でして、小さい頃から父の姿を見て整形外科医に憧れを抱いていました。
きっかけとして大きかったのは、まだ幼稚園生だった頃のある日の夜、友達のお母さんがうちに「子供が腕を動かさない」という電話をしてきました。父はその子を早く連れて来るように伝えて、すぐにその友達が来たのですが、すごく痛がっていたのを覚えています。結果としては「肘内障」という診断で、肘が亜脱臼している状態でした。
それを父がすぐに整復して、その友達と家族が喜んでいる姿と父が感謝されている光景を見て整形外科医である父を「すごくかっこいいな」と思いました。
なので「医者になるんだ!」というより「整形外科医になりたい!」という感じで夢を抱いていました。
お父さんへの憧れから、医師、なかでも整形外科医を目指したのですね。
整形外科は、そのなかにもどの部位を専門をするかなどの選択があるかと思いますが、先生はどのように選びましたか。
まず、「膝関節」が専門です。
「膝関節」を選択した理由としては、まず患者さんの数が圧倒的に多いということです。つまりは、困ってる人が多い訳ですから純粋に力になってあげたいという思いがありました。
また、「膝関節」というのはその代表的な疾患として「変形性膝関節症」が挙げられますが、「変形性膝関節症」は代表的な疾患でありながら正確な原因・病態がわかっていないことがいまだに多く、治療法についても医師の中でも議論が多くなされています。
実際の臨床でも自分が対面する患者さんの膝関節の痛みと、ガイドラインや論文でこうした方が良いと書いてある治療法のギャップが大きいなと感じています。特に変形性膝関節症の手術については、人工関節置換術や骨切り術が一般的ですが、術後非常に治療成績が良い人もいれば、あまり効果が良くない人も中にはいらっしゃいます。手術だけでなく保存加療の場合もそうですが、ガイドラインに沿った治療を行っていても疼痛の改善を認めない人もおり、なぜそのようなことが起きてしまうのだろうと悩んでいます。
難しい部分ではありますが、まだ分かっていないからこそ「面白い!」「知りたい!」とやりがいを感じているポイントです。
大学の実習先で出会った「運動器エコー」
橋口先生は診療の際に、エコーも積極的に活用されているかと思うのですが、そこに至った経緯を伺いたいです。
エコーを始めたのは、現在、運動器エコーのオピニオンリーダーとして活躍されている帝京大学整形外科の笹原潤先生に誘われたことがきっかけです。
広島大学では、大学5年生の後半から6年生にかけて2週間ずつ希望の専門科を実習できるアドバンスというものがありますが、外傷整形に興味があったので、整形外科の界隈で有名な帝京大学外傷センターに実習をお願いして勉強しに行きました。そこで帝京大学整形外科の笹原潤先生と出会い、同じ高校出身だったのもあり、非常に良くしてくださいました。
その後、大学6年生の5月に「日本整形外科学会」という整形外科で最も大きい学会が広島で開催されて、そこで笹原潤先生と再会しました。久しぶりということもり、飲みに誘ってくれた席で、「整形外科領域で運動器エコーが今後必要になってくるから盛り上げていくんだ」という話を聞きました。当時は、運動器エコーを活用している先生はかなり少ない状況でした。
それから大阪で初期研修医になり、自分も「運動器エコー」というのを認識するようになりました。運動器エコーが気になっていたのですが、当時は運動器エコーの参考書がほぼなく、何から勉強すればいいか全く分からず途方にくれていました。
しかし、そんな私を待っていたかのようなタイミングで、笹原先生が大阪に来て一緒に飲むことになり、そこで、「運動器エコーをやりたくてもできない若手整形外科医が多い。そんな若手整形外科に運動器エコーを教えて、奨学金のように奨学エコーと題してエコーを貸してあげられるような「運動器エコーの会」をこれから立ち上げるから手伝ってほしい」と誘っていただきました。それが今私も世話人としてお手伝いしている『先進整形外科エコー研究会(Sonography for MSK Activating Project:通称SMAP)』の原点です。SMAPの最初の立ち上げは、笹原潤先生ともう一人、横浜市立大学整形外科の宮武和馬先生がいらっしゃいます。宮武和馬先生は私が大学6年生の頃に東京の病院見学をしていたうちの一つの病院で初期研修医としてバリバリ働いており、たった?3つ学年が上なだけでこんなに完璧なスーパー研修医っているんだ!と尊敬していた先生でしたので、SMAPを通じて再会できたことに勝手に運命を感じていました(笑)。最初はただただ参加者として勝手に盛り上げていただけですが、その会に携わっていくなかで、運動器エコーの奥深さ、重要性を認識し、それに比例して運動器エコーの経験値も増えていきました。
現在では、「運動器エコー」を使うことを前提に、自分を頼ってきてくれる患者さん方が多くいらっしゃり、ありがたく感じています。
変形性膝関節症を考える中で出会った「臨床研究」
笹原潤先生と宮武和馬先生との出会いが、今の橋口先生の活躍に繋がっているのですね。
そうですね。そういう意味では、今の自分をを形作るきっかけとなった出会いがもう1つありまして、それは「臨床研究」との出会いです。
現在私は、「広島大学大学院医系科学研究科整形外科学」に所属しており、安達伸生教授のご高配で博士号を取るために基礎研究を含め臨床経験も積ませていただいていますが、同時に、公衆衛生学の修士号を取るためにJohns Hopkins Bloomberg School of Public Health MPH Japan Programにも所属しています。
もともと「変形性膝関節症はなぜ痛むのか」という途方もない疑問を調べたいと思っており、そのためには研究デザインや統計学について知識を増やさなければいけないと考えましたが、運動器エコーの時とは逆で、参考書が多すぎて、しかも説明が難しくて、出来の悪い私は嫌気がさしました。
そんな時に臨床研究デザインに関するセミナーを見つけ、藁にもすがる気持ちで参加することにしました。そのセミナーは福島県で2日間に渡って行われるもので、そこで出会った、主催者である京都大学名誉教授 、福島県立医科大学副学長の福原俊一先生に臨床研究デザインの面白さを教えてもらいました。
それまでは、いつか整形外科で開業している父の跡を継ぎたいなという漫然な気持ちだけがあり、研究なんかは自分には要らないかなと思ってたのですが、その先生との出会いをきっかけに臨床研究を勉強したいと思うようになりました。ただ、臨床研究を勉強するために福原俊一先生がいらっしゃる京都大学や福島県立医科大学へ実際に行くことは難しいと感じた時に、福原俊一先生からJohns Hopkins Bloomberg School of Public Health MPH Japan Programを紹介してもらいました。日本にいながらオンラインでJohns HopkinsのMaster of Public Healthを取得できることに魅力を感じ、安達伸生教授にご相談し、推薦をいただいて無事入学することができました。
橋口先生のテーマのひとつでもある「臨床研究」も出会いがきっかけになっていたのですね。
そうですね。今回このインタビューにあたり、僕のターニングポイントを振り返った時に3つのシーンが思い浮かびました。
1つ目が、笹原潤先生との再会で、運動器エコーの可能性について話を聞いたこと。
2つ目が、運動器エコーの会の立ち上げに誘っていただいた時のこと。「いやまだ自分は若いので」などと断らずとりあえずやってみようという気持ち、手伝うことができて良かったなと改めて感じています。
3つ目が、変形性膝関節症について多角的に学びたいと思ったことが、「臨床研究」との出会いにつながり、現在Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health MPH Japan Programにも通っていること。
これら一つ一つの出会いや出来事が、今の自分を形作る貴重なシーンだったと感じています。
>>後編『実家を継ぐ、だからこそ今蓄えたい多角的な視点と行動の原動力』はこちら
橋口直史|整形外科
ラ・サール学園・広島大学卒業。 大阪の淀川キリスト教病院で初期・後期研修後、現在は再び広島大学大学院医系科学研究科整形外科学で博士号を取得を目指しつつ、広島大学病院にも従事。また実家は鹿児島の開業医で将来的には家業を継ぐことを考えている。