医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、そこに至るまでの障壁や葛藤、そしてその先にある景色についてお話を伺っています。
今回は、奈良県の奈良県立医科大学附属病院の呼吸器外科の診療科長をされている濱路 政嗣先生にインタビューを行いました。
前編では、濱路 政嗣先生の医師を目指されてから海外留学するまでについて、じっくりとお話を伺いました。
>>前編『祖父母への想いから医師へ:濱路先生が語るキャリアと海外留学への道』はこちら
>>後編『日米の医療現場で学んだ働き方の違いと、奈良県立医科大学での新しい挑戦』はこちら
英語の壁に直面:患者さんとの会話の難しさ
実際に海外臨床留学されて、英語で苦労された点はありましたか?
英語は本当に大変でした。メイヨークリニックはミネソタ州というアメリカ中西部に位置する病院で、比較的ゆっくりした話し方で、わかりやすい英語を話す人たちが多かったのは救いでしたが、それでも患者さんとの会話は大変でしたね。
特に当直の時は大変で、当直中に患者さんからかかってくる電話対応が一番辛かったですね。指導医との会話は、同じ専門だからお互いに何を言いたいかが分かるのですが、患者さんや他の診療科の先生からのコンサル、看護師さんからの報告などは、理解しにくいことが多かったです。特に即時的な返答ができないことが多くて、それが一番苦労しました。
最初は聞き取るのが難しかったのでしょうか?
そうですね。特に電話だと顔が見えないので、情報が半分くらいしか入ってこないんです。相手が怒っているのか、和やかなのかも分からないし、最後にどうやって会話を終わらせたらいいかも分かりませんでした。
日本なら「また2週間後に来てくださいね」とか言って終わるんですけど、それを英語でどう言えばいいか分からなくて。
スピーキングの方はどうでしたか?
聞くのと同じくらい難しかったですね。患者さんの中には「あなたの英語は分からない」とストレートに言ってくる人もいましたし、「英語に問題があるね」と言われたこともありました。それはさすがに傷つきましたね。
それは大変でしたね。どうやって電話対応に慣れていったのでしょうか?
メモを取りながら聞いて、電話する前にはセリフを全部書き出して、それを見ながら話すようにしていました。そうするうちに、緊急時でも頭の中でパターンができて、対応できるようになってきました。あとは、やはり時間が解決した、という感じでしょうか。。
また、私がアメリカで研修を始める前に、1ヶ月間お試し期間がありました。病院実習のような感じですね。その時に外来で上の先生の言葉を全部メモして、家で復習していました。それを繰り返しているうちに、「あ、こういうアクセントで言うんだ」と学ぶことができましたね。
聞くのと話すのに慣れるまで、どのくらいかかりましたか?
だいたい3ヶ月から6ヶ月くらいですね。3ヶ月くらいで普通の対応はできるようになりましたが、複雑な症例のやり取りはまだハードルが高かったです。
なるほどですね。やはり、英語は大変そうですね。
海外留学を目指す場合に、英語で事前にやっておくべきことがあったとしたら、何がありますか?
私たちの頃にはなかったのですが、今は「OET(Occupational English Test)」という医療者向けの英語試験があります。TOEFLのような感じですが、より実践的な試験です。もし私たちの時代にそれがあったら、非常に役立ったと思います。
ご自身の原体験を元に医学英語の本を出版
また、自分が海外留学先で英語で苦労した経験から、日本の初期研修医を含めた先生方にも、自分以上の英語力「Doctor’s English」を身につけて、自由に羽ばたいてほしいと強く思うようになり、今回「初期研修医の今からはじめるDoctor’s English」という医学英語の本を出版しました。
ご自身の原体験から本まで出版されたのですね。すごいですね。
確かに、忙しい臨床の合間に効率よく英語も勉強できたらという思いもあります。具体的にどのように効率よく勉強していけば良いのでしょうか?
5つのポイント:アクセント・発音・略語・動詞・前置詞/副詞
本書の基礎編で5つのポイントをあげています。
順番にアクセント・発音・略語・動詞・前置詞や副詞の5つですね。
まずはアクセントを意識するということですか?
そうです。単語を覚えるときにアクセントにも気をつけるということです。
アクセントは非常に大事で、正しい発音で発音してても、アクセントが間違ってると全然通じないですね。逆に発音が下手でもアクセントがあっていると通じることも多いですので、まあそれは多分日本語でも一緒ですよね。ですので、アクセントが第一に重要です。
次に発音ですね。発音に関してはキリがないのですが、特に私たちがよく間違えるローマ字読みをしてしまう発音に注意して勉強すると良いです。ローマ字読みを修正するだけでも、かなり発音は向上します。
それから略語ですね。日本でも医療で使われる略語がたくさんありますが、アメリカで使われる略語は日本のものとは全く異なります。略語をうまく使うことで、長い単語を発音しなくてすみます。例えば、上部消化管内視鏡のことを、アメリカでは”EGD”と略しますが、正式名称は、Esophagogastroduodenoscopyで、とても発音したくない単語ですよね。
確かにそうですね(苦笑)。
そうなんです。略語を使うと、そうした長い単語を避けることができるので便利です。それが3つ目です。
4つ目は動詞ですね。動詞は他の言葉で代用するのが難しいので、動詞を間違えると文章全体が成り立たなくなりますし、意味も伝わりにくいです。だから、動詞をたくさんストックしておくことが重要です。
名詞や形容詞は、該当の単語を最悪忘れてもなんとか置き換える表現があります、動詞は違います。同じ「断る」という意味でも、“reject”や”decline”、“refuse”といったニュアンスの違いがあるので置き換えがききにくいのです。
確かにそれぞれニュアンスが違いますよね。
そうなんです。拒絶するのか、丁重にお断りするのか、それぞれの動詞に含まれるニュアンスが違います。だから動詞と助動詞をしっかり覚えることが大事です。そして五つ目が前置詞や副詞です。
これらも非常に重要で、動詞と組み合わせて覚えると効率的です。こうした5つのポイントを基礎編で紹介しています。
なるほどですね。とても勉強になりました。
濱路 政嗣|呼吸器外科医
奈良県立医科大学呼吸器外科教授。2001年、京都大学医学部卒。米メイヨー・クリニック、米ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のクリニカルフェロー、京都大学呼吸器外科を経て、2024年4月より現職。外科専門医、呼吸器外科専門医。共著書に『なんでやねん! 根拠がわかる解剖学・生理学 要点50』(メディカ出版)『外科レジデントのための呼吸器のベーシック手術』(日本医事新報社)『初期研修医の今からはじめるDoctor’s English(メディカ出版)』など。