日米の医療現場で学んだ働き方の違いと、奈良県立医科大学での新しい挑戦│奈良県立医科大学附属病院│濱路 政嗣先生

d35_thumbnail_濱路先生_後編

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、そこに至るまでの障壁や葛藤、そしてその先にある景色についてお話を伺っています。
今回は、奈良県の奈良県立医科大学附属病院の呼吸器外科の診療科長をされている濱路 政嗣先生にインタビューを行いました。
前編では、濱路 政嗣先生の医師を目指されてから海外留学するまでについて、じっくりとお話を伺いました。

>>前編『祖父母への想いから医師へ:濱路先生が語るキャリアと海外留学への道』はこちら
>>中編『メイヨークリニックへの臨床留学で痛感した英語の大変さと勉強法』はこちら

目次

日米両方の医療制度を実体験して感じた働き方の違い

吉永

臨床面で苦労されたことはありましたか?

濱路先生

システムが全く違いますので、必ずしも苦労ばかりではなかったです。むしろ、日本よりも定型的なのでやりやすい面もありました。

例えば、上の先生が患者さんを回診する前に、自分で全員回ってプレゼンをするのですが、手術日でも外来の日でもスケジュールはあまり変わらず、大体6時頃から自分で回診して、7時から8時の間に上の先生と一緒に患者さんを回診するという流れです。そしてそのまま手術に入るというリズムですね。

濱路先生

アメリカでは研修医や専攻医と指導医が一対一で固定されて、入院中も外来も全部3ヶ月間は一緒に診療するというシステムが一般的で、非常に私にとってはやりやすいシステムでした。各先生のやり方をみっちり学べますし、連絡も取りやすいですし、非常に良いシステムだと思います。

トレーニングを受ける側としては、日本よりもアメリカの方がやりやすい点が多いと思います。

吉永

日本の外科医は休みがなく働き詰めのイメージがありますが、アメリカはどうですか?

濱路先生

フェローやレジデントは、当番がしっかりと決まっています。週末は当番制で、当番でない限りは金曜の夜から月曜の朝まで完全に休みです。旅行に行く人もいますね。

吉永

オンオフがしっかりしている感じですね。

濱路先生

そうですね。レジデントやフェローはオンオフがはっきりしていて、週末の当番も3週間に1回くらいしか回ってきません。当番に当たったときは担当患者が増えて大変ですが、それ以外は自由な時間があります。

吉永

先生はフェローとして臨床留学され、その後指導医として残られるというオプションはありましたか?

濱路先生

指導医として残るには専門医資格が必要で、フェローだけでは取れません。外国人用のプログラムでは、専門医にはなれないシステムになっています。

吉永

基本的に外国から来たフェローは、2、3年研修して自国に帰るパターンが多いんですね。

濱路先生

はい、それが決められたプログラムの一部です。

吉永

先生はアメリカで専門医を取得するより、日本に戻って研修を積むという考えがあったんですか?

濱路先生

そうですね。私はアメリカで専門医を取ることも一瞬考えましたが、1年目からやり直す必要があったり、日本での道を完全に断つことになるため、リスクが大きいと思いました。

吉永

アメリカで臨床されている先輩方もいらっしゃるんですか?

濱路先生

はい、特に心臓外科の分野では、アメリカの方が待遇も良く、やりがいもあるので、アメリカで指導医として活躍されている方が多いです。心臓外科はアメリカではそれほど人気がなく、枠に空きがあるという現実もあります。

吉永

日米の医療制度について、実際に両方を経験して感じた良い点や悪い点がありましたら教えていただけますか?

濱路先生

簡単に言えば、医療を提供する側としてはアメリカで働きたいと思いますが、医療を受ける側としては日本で受けたいと個人的には思いますね。
これには、保険制度や費用、医療の質も関わっています。日本の医療の方が手術のクオリティが高い場合もあります。

例えば、私が呼吸器外科でトレーニングを受けたアメリカの病院は非常にトップクラスでしたが、それでも日本の呼吸器外科の手術のクオリティには及ばないという印象であります。

吉永

それでもアメリカで働いた方が良いと感じるのは、収入や休暇の点ですか?

濱路先生

そうですね、収入と休暇の面ではアメリカの方が圧倒的に良いです。ただ、やりがいに関しては微妙なので、比較は難しいです。

吉永

医療機関の対応については、日本の方が細やかという印象ですか?

濱路先生

はい、アメリカでは少々のクレームには対応してくれませんが、日本では細やかな対応をしてくれます。

吉永

なるほどですね。それぞれ一長一短あるという感じですね。
アメリカに留学を考えている方へのアドバイスはありますでしょうか?

濱路先生

医師としてアメリカでトレーニングを受けることを強くお勧めしますが、医療を受ける可能性がある場合は注意が必要です。特に持病がある方や継続的な診療が必要な方は、アメリカの医療制度が日本ほど細やかでないことを理解してから決断するべきだと思います。

また、研究留学も素晴らしい経験です。研究留学を通じて、日本とは異なる視点やスケールを学べるので、時間と費用が許す限り、ぜひ短期間でも行ってみてほしいと思います。

奈良県立医科大学で新たなトレーニングプログラムを始動

吉永

ありがとうございます。そして、アメリカで研修を積まれた後、また日本に戻ってきて、現在は、奈良県立医科大学病院の呼吸器外科のチーフになられたのですね。

濱路先生

そうですね、しばらく京都大学で仕事をさせていただいていたのですが、ちょうど奈良県立医科大学のチーフが変わる時期で、後継者を探しておられたので、良いご縁をいただき、こちらに赴任させていただいたという形です。

吉永

奈良県立医科大学附属病院の呼吸器外科のプログラムの特徴や先生の思いについて教えていただけますか?

濱路先生

そうですね、実は私が診療科長を引き継いでまだ5ヶ月ほどしか経っていません。非常に若いチームで、今年は専攻医が誰もいない状況です。奈良県は人口が少ないことや、大阪府という大都市が隣接していることもあり、どうしても研修医の方々が大阪に目が向いてしまいます。これは仕方がないことですが、できるだけ特色を出して専攻医を募集していこうと思っています。

濱路先生

具体的には、今までの医局のシステムやトレーニングシステムとは一線を画したものにしようと考えています。専攻医や研修医が懸念しているのは、奈良県立医科大学に一度入ってしまうと、ずっとそこから出られないのではないか、柔軟性がないのではないかということです。そこで、私のプログラムでは入局を要求しない方針にしています。

例えば、1年間だけ英語や手術を学びたいという方や、将来的にアメリカで働きたいけど、そのための基礎トレーニングを積みたいという方も大歓迎です。奈良県立医科大学の医局に縛られるつもりは一切ありません。

吉永

それはとても斬新ですね。奈良県立医科大は、奈良県内で中心的な役割を果たしている大学病院という位置づけですよね。

濱路先生

はい、奈良県には大学が1つしかないので、奈良県の医療機関として中心的な役割を担っています。特に呼吸器外科はあまりメジャーな分野ではなく、呼吸器外科手術ができる病院は奈良県内に3つしかありません。ただ、その3つの施設がしっかりと集約化されており、変な競合もなく、しっかりと症例数を積める環境が整っています。

濱路先生

現在は、基本的には助教や講師といったスタッフで、私がチームを回しています。専攻医の入局は来年の4月からの予定です。専攻医の先生を積極的に募集していますので、ご興味のある方はぜひご連絡いただければと思います。

濱路先生が目指す「楽しく働ける環境」とキャリアに悩む医師への一言

吉永

先生ご自身の今後の展望についても教えていただけますか?

濱路先生

そうですね。やりたいことは色々とあるのですが「楽しく暮らすこと」が一番の目標です。自分が楽しく仕事をしていないと、周りの人も楽しくできませんし、そんな環境に人が加わってくれることもないと思います。

なので、自分が楽しんで仕事ができるシステムを作り、同時にチームメンバーも楽しめるような環境を整えたいと思っています。

吉永

楽しく暮らすことが目標。とても良い言葉ですね。
キャリアに悩んでいる方々へ、もしアドバイスがあればお願いします。

濱路先生

アメリカの医療を経験してみて、改めて日本のドクターや専攻医の方々は非常に優秀だと感じました。ですので、日本のドクターには、自分が正当に評価される場所で働いてほしいという思いがあります。

濱路先生

日本だけにとらわれず、海外でも活躍の場を探してほしいです。その場合、英語は不可欠ですので、効率よく勉強して、海外で活躍していただきたいと思います。とはいえ、英語はあくまで手段ですので、必要な英語を要領よく身に着けて、仕事にやりがいを持って生活できるようにしていただければと思っています。

そのような思いもあって、今回自分の経験をもとに、医学英語を効率よく身につけていただく本を書かせていただきました。

初期研修医の今からはじめるDoctor’s English
吉永

本日は、お忙しい中、インタビューを受けてくださりありがとうございました。

奈良県立医科大学附属病院 呼吸器外科の診療科はこちら

濱路 政嗣|呼吸器外科医

奈良県立医科大学呼吸器外科教授。2001年、京都大学医学部卒。米メイヨー・クリニック、米ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のクリニカルフェロー、京都大学呼吸器外科を経て、2024年4月より現職。外科専門医、呼吸器外科専門医。共著書に『なんでやねん! 根拠がわかる解剖学・生理学 要点50』(メディカ出版)『外科レジデントのための呼吸器のベーシック手術』(日本医事新報社)『初期研修医の今からはじめるDoctor’s English(メディカ出版)』など。

このページをシェアする
目次