突っ走った先に、歩みを緩めて広がる景色~在宅診療所を開業して~ 後編│いしぐろ在宅診療所│石黒剛 先生

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。

今回は、在宅クリニックの経営を行う石黒剛先生(いしぐろ在宅診療所岡崎院/院長)にインタビューを行いました。後編では、石黒剛先生の日常のアクションと大切にしていることについて、じっくりとお話を伺いました。

>>前編『「Dr.コトー」から兄弟で在宅医療の道へ 』はこちら

\白青会 登壇ウェビナー/
2024年10月24日 20時配信

目次

在宅医療の臨床と経営者としての両立の日々

Antaa 加藤

ここからは、経営にかかわる中での時間の使い方や、具体的にミーティングの種類についてもお聞かせいただけますでしょうか?

剛先生

ミーティングは、基本的に2つの軸に分けています。ひとつは、業務改善に関するもので、月曜日はCRMの開発、火曜日にはワクチンや個別指導の対策、水曜日は業務改善に関する合同ミーティングを行っています。これらは、日々の業務の問題点を解決するための時間です。もうひとつは、法人運営部として、パートナーシップ制度をいかに横展開し、多くの地域、多くの先生方に喜んでもらえるものを提供していくことついてのミーティングです。
他の先生たちと協力してこのような時間をきちんと取れていること、時間を投資できているということが一番良いところかなと思っています。

Antaa 加藤

先生は、渋谷のクリニックなど様々な活動をされていますが、最近の業務時間の使い方についてお聞かせください。時間の使い方やバランスなどはいかがでしょうか?

剛先生

組織の立ち上げ期などの相談が多いときは、時間外や夜でもミーティングを受けることがありますし、業務時間内の手があいているときに15分や20分だけのミーティングを受けることもあります。
現在、渋谷のクリニックについては開業して3年経つのですが、私が手をかける部分はほとんどなくなっていて、現場が自ら動いているという状態です。立ち上げ準備をしていた頃や1年目のはじめの頃は多くのミーティングがありましたが、今はずいぶん落ち着いてきています。その分、法人運営部やパートナーシップ制度に注力している感覚ですね。

地域に、診療所に、スタッフに「愛着」を持てる医師を支援していきたい

Antaa 加藤

事業の段階ごとに注力している領域が変わっていっているのですね。
今後の方向性についても伺わせてください。パートナーシップ制度の仲間を増やしていくことが重要なところかなと思うのですが、ご一緒していただく先生方に体験してもらいたいことや、こういう方と一緒にやっていけたらいいなという思いがありましたら聞かせください。

剛先生

一緒に活動したいと考える人物像については、特に具体的なこだわりはありません。法人をツールとして捉えてもらえると嬉しいですね。便利なサービスがあれば皆さん使うと思うのですが、それと同じように、法人も業務をスムーズに行うことができるインフラのひとつだと考えていただければいいなと思っています。当然ある程度のルールはありますが、決められたルールの中で自由に使ってもらえたらいいですね。
愛着があるということが一番重要だと思っているので、診療所やスタッフ、地域に愛着を持てる医師を支援をしていきたいと考えています。

Antaa 加藤

在宅診療の中でも、「臨床の能力をもう少しスキルアップしたい」という先生や、まだちょっと不安があるという先生の中にも「できれば早いうちに開業したい」「この地域に何かしたい」という想いがあると思うのですが、そのような先生方に対してはどのようなサポートができると思われますか?

剛先生

開業してからも学びを止めないことが大切なので、常に質問できる環境を用意したいと考えています。疑問を持ったら、調べたり質問をしたりすることが重要なので、臨床力を高めたいという方に対しては一緒に学び、お互いに質問しあうことで高めあっていきたいと考えています。

Antaa 加藤

学び続ける姿勢が地域医療にとって大切なんですね。
医療の世界において、現状、先生が憧れていた「Dr.コトー」のような活動にどの程度近づいていると思われますか?

剛先生

正直なところ、あまりそのイメージに固執しなくなりました。憧れていたものを追いかける楽しさがある一方で、今は目の前の問題に取り組むことが一番重要だと感じています。出発点ではあるけどゴールじゃないんだろうなという感じですね。
今は、誰かの背中を追いかけているわけではなく、目の前のことをひとつひとつ解決しながら、でも、もっともっと先の日本の社会課題や、いろいろな先生方の課題を解決し続けていくことが、この地域やこの国にとって大事なことだなと思って活動しています。自分の選んだ道で得られた結果について責任を持ち、納得できる形で前進していきたいと思っています。

突っ走った先に、歩みを緩めることで見える景色が広がる

Antaa 加藤

これからの展望についてお伺いさせてください。

剛先生

実は、展望について私の中でやや曖昧になっているのが現状で、今の状態は足元のことに注力しすぎているのかなとも感じています。
昔は、「医者になりたい」「開業して在宅医療をやりたい」というように明確な目標がありましたが、今は、現状維持やパートナーシップ制度を広げていくことも頑張っていくことなので。ただ、パートナーシップ制度に関しては、仕組化したことやいろいろな方がかかわってくれているので、僕が120%頑張るよりも皆さんの頑張りの方がインパクトが大きくなっています。

剛先生

そのため、向こう10年間、自分が心を燃やすものは何なのかというのは悩みどころですね。日々の診療やパートナーシップ制度には熱量を持っていますが、個人のテーマがあまりないのが現状です。逆に、いろいろなことを経験して視野が広がったからこそ、突っ走っていた頃のようにはいかなくなっているのかもしれません。見える景色が広がってきて、突っ走る感覚が少なくなってきましたね。

Antaa 加藤

いろいろなものが見えるようになってきたからこその悩みですね。これまでのお話を伺って、学生時代からずっとマイルストーンがあり、そこに突っ走ってこられたと思うので、近い将来、5年後や10年後の状況についてもお話を伺うのが楽しみです!

剛先生

感覚としては、ダッシュで大学受験して、大学に入った後に少し緩んで、ジョギングぐらいのペースで開業へと進んでいき、今は歩きながら周りがよく見えている状況という感じですね。歩いていると周りの花に気づくこともできますし。

Antaa 加藤

今の速度はどう感じていますか?

剛先生

今の速度は気持ちいいですよ。「本当にこれでいいの?」「これがあなたの目指している姿なの?」と聞かれると、どうかは分かりませんが、満たされていますし、日々に彩りがありますし。太っちゃったけど……みたいな(笑) 今は着実に人生を歩いているという感じですかね。

「人の困りごと」と向き合い、「無駄」を解決したい

Antaa 加藤

日常のアクションの中でどのようにキャリア形成を進めているのか、特に意識していることがあれば教えていただけますでしょうか。

剛先生

私は、人にすごく興味があるんですよ。特に困っている人に対して非常に興味があるので、日常のアクションでは、なぜ困っているのかを理解し、それを解決したいと思っています。どうしようもないことは仕方がないので、一旦あきらめるのも大事だし、次に進めるようにしたい。困りごとに真摯に向き合い、ひとつひとつ解決していくことが重要ですね。
また、日々の無駄に気づくことも大切です。無駄を見逃さず、逆に無駄を見つけて改善し、自分や周りをより良くしていくということを日々行っています。

Antaa 加藤

これまでの先生のキャリアのなかで、「人が好き」ということと「無駄を解決していきたい」ということは変わらないものの、見える景色や見ているポイントが変わってくると、日常のアクションも変わってくるのかなと思いました。

剛先生

そうですね、変わってくるのかもしれませんね。おそらく、それに気づいたのがかなり歩みを緩めてからだと思うんですよね。まだわかんないときには、「求められる人材になるにはどうしたらいいか」みたいなことをすごく意識していたんですよ。周りをよく見ながら、でも一生懸命とにかく動き回るみたいな。

剛先生

「がむしゃら」だったんだと思います。とにかく、何か面白そうだと思って自分の心が燃えるものだったら取り組んでみる。そう簡単にうまくはいかないので苦労してみる。できるだけ諦めずにやりきってみる。そのやりきったことが経験値になって、これから行うことにもきっとプラスになっていくのかなと。

剛先生

今は、どういう人たちに求められたいのかということはあまり考えていなくて、「有名になりたい」という気持ちに近いのかもしれませんね。

Antaa 加藤

名を轟かせたいというのでもなく、先生の身近な日常において求められる人材ということですよね。

剛先生

そうですね。病院内の役割もあれば、地域や家庭における役割もありますし、複合的な要素を合わせ持つのが自分なので、どの方面からでも相手から求められることは大切にしています。「有名になりたい」という表現もしましたが、水膨れした名誉は必要なくて、質実剛健な等身大の自分を提供し、それに対して正当な評価を得ることが重要です。名を売りたいというよりも、しっかりと自分の実力を評価してもらいたい…、信頼してもらえる人でありたいということですかね。

キャリアに悩んだ時は「責任をもって納得」することを

Antaa 加藤

最後に読者の方々にメッセージをいただけますか?特にキャリアに悩んでいる方々に対してお願いいたします。

剛先生

キャリアに悩むことは人生において非常に重要なことだと思っています。私が考える人生で一番大切なことは「納得」であり、良い結果でも悪い結果でも、納得するためにはその過程で一生懸命努力したこと、悩むことが大事だと考えています。

剛先生

また、悩みも質の高い悩みであることが必要で、悩みの質を高めるのは選択肢の数を増やすことだと思います。選べる選択肢が少ないと納得感が得られにくいので、自分の納得感を高めるためには選択肢を並べる努力をした方がいいと思います。例えば、果物を買うときに、リンゴしかなかったからリンゴを選んだというよりも、たくさんあった中でリンゴを選んだという方が納得感が得られると思うので。

剛先生

悩みの質は選択肢の数であって、大事なのは、選択肢がたくさんある中で自分で判断することです。そのためには、情報を集めることが不可欠なので、選択肢を増やすためには動き回った方がいいと思います。1人で部屋で悩んでいても、選択肢は一切増えません。百聞は一見にしかずで、インターネットでいろいろな病院を検索するよりも、病院まで足を運んで見に行った方が100倍心が動くので、悩んでるときは動いた方がいい。例えば、どの科を専門にするのかを悩んでいるのであれば、各科の専門医に話を聞きに行ったり、病院を何度も訪れたりすることで選択肢が増え、自分にとって納得のいく選択ができると思います。とにかく情報量を増やすこと、そのためには行動することが全てです。

剛先生

そして、選択には責任が伴いますし、誰かのせいにしても人は幸せにはならないので、自分の人生に納得して自分のストーリーを生きていくためにも、責任と納得感を持った選択をすることが大切だと思います。


石黒剛|在宅診療

2016年名古屋大学医学部卒業。岡崎市民病院にて初期研修後、いしが在宅ケアクリニックを経て、2019年にいしぐろ在宅診療所 を兄謙一郎先生と開業し、医療法人白青会パートナーシップ制度を設立。個人としてはクリニック経営支援や医療機関の業務効率化を目指すシステム開発など多岐にわたって活躍中。

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