「Dr.コトー」から兄弟で在宅医療の道へ 前編│いしぐろ在宅診療所│石黒剛 先生

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。

今回は、在宅クリニックの経営を行う石黒剛先生(いしぐろ在宅診療所岡崎院/院長)にインタビューを行いました。
前編では、石黒剛先生の医師を目指してから在宅医療に進まれたきっかけについて、じっくりとお話を伺いました。

>>後編『突っ走った先に、歩みを緩めて広がる景色~在宅診療所を開業して~』はこちら

\白青会 登壇ウェビナー/
2024年10月24日 20時配信

目次

テレビドラマ「Dr.コトー」と家族の病気をきっかけに医師を目指す

Antaa 加藤

医師を目指したきっかけを教えていただけますでしょうか。

剛先生

10歳の頃にテレビドラマの「Dr.コトー」で医師が診療所で働く姿をみて、なんとなくいいなと思った記憶がありますね。
その後、母親が乳癌になり、小学校6年生のときには祖父が肝臓癌で亡くなりました。一緒に住んでいた大好きな祖父だったので、自分の無力さをを感じ、何かできることはないかと考えるようになりました。当時、私の周囲に医療関係者はいませんでしたが、このことが医師を目指す理由になったように思います。

Antaa 加藤

先生ご自身の過去の出来事が医師を目指すきっかけになったのですね。
ご兄弟の石黒謙一郎先生(以下、謙一郎先生)が既に医学部に進学されていて、剛先生も名古屋大学医学部に入学されました。学生時代の経験についてお聞かせいただけますでしょうか?

剛先生

高校時代は地元の公立の進学校である岡崎高校に通っていて、仲間とともに勉強しながら夢に向かって頑張っていたので、とても楽しい日々を過ごしていました。
ただ、兄(謙一郎先生)が浪人して医学部に入学した経緯もあり、私も受験の緊張感を感じていました。そのため、名古屋大学を目指し、友人たちの支えもあって無事合格を果たすことができました。合格した時には嬉しさがあふれていましたね。

市役所に通いつめ、見つけた地域医療・在宅医療への思い

Antaa 加藤

嬉しさを感じて迎えた大学生活はいかがでしたか?

剛先生

大学に入ってからの生活は、期待していたものとはかなり違うものでした。遊んでばかりで勉強する姿勢が感じられない学生も多く、教養科目の授業に熱心さを感じない教授もいました。そのため、大学に来た意味を疑うようになり、一度は真剣に医学部を辞めることも考えました。

Antaa 加藤

どのように気持ちを切り替えたのでしょうか?

剛先生

大学2年生の時は精神的に辛い時期が続いていましたが、初心を忘れないために再び「Dr.コトー」のDVDを購入して視聴しました。周囲の状況に流されていたことを痛感し、自己反省をするとともに、自分が本当にやりたいことを再考するきっかけになりました。その結果、地域医療や外科的な面での医療に興味を持ち始め、ようやく勉強に対する意欲も戻り、その後の大学生活を充実させることができました。

Antaa 加藤

その後、地域医療に興味を持たれたきっかけをお聞かせいただけますか?

剛先生

大学5年生のときに、地域医療について調べてみようと思い、市役所の介護保険課などに足を運ぶ中で、地域包括支援センターを紹介してもらい、大杉先生と出会いました。ちょうどプログラムが立ち上がった1期目に見学に行ったのですが、「これ、すごくいいじゃん!」と思い、「自分たちの地元でこんなに素晴らしいことをやろうとしている人たちがいるんだ!」と感銘を受けました。
当時、兄との間では「在宅医療をやりたい」という話は出ていたのですが、私は初期研修が控えていたためなかなか動き出せない状況でした。
そこで、兄には「豊田地域医療センター」で後期研修を受けてもらい、私は初期研修を終えた後、兄が学びたかった「いしが在宅ケアクリニック」で学び、その経験を活かして兄とともに「いしぐろ在宅診療所」を令和元年5月にオープンしました。

Antaa 加藤

医学生のときに行政機関に足を運ぶというのはあまりないように思いますが、その行動に至った経緯についてお聞かせいただけますか?

剛先生

父親の影響が大きいと思います。私たち兄弟は父親の影響をかなり受けて育っているので。父は、非常に支配的な性格で、父がルールという感じでした。一方で、マイノリティに価値を見出すような考え方を持っていて、そのような父の姿勢が「学びたい!」という意欲をかきたてたのかもしれません。また、「気になることがあれば聞きに行くのが早い」と教えられていたので、それに従って行動したという経緯もあります。

研修医時代から、病院にいても「在宅での目線」を意識

Antaa 加藤

周囲の医師たちが初期研修後に専攻医、専門医といった一般的なキャリアプランを描く中で、在宅医療に向かうことについて不安はありませんでしたか?

剛先生

不安はありませんでしたし、周囲からもあまりネガティブな反応を受けることはありませんでした。初期研修時代の自己紹介でも「在宅医療をやりたい」と発言していたので、変に勧誘を受けることもなく、自由にやりたいことに取り組むことができました。周囲の人たちが理解してくれたことが大きかったと思います。

Antaa 加藤

最近では初期研修後にキャリアチェンジを考える医師も多いと思いますが、そのような方たちにメッセージはありますか?

剛先生

自分のやりたいことをしっかりと意識して、そこに向かってアクションを起こすことが大事だと感じています。
セカンドキャリアを考えるくらいのちょうど10年目とかの先生は医局や病院にとっては非常に有用な存在になっているので、キャリアチェンジしようとすると引き止められたり説得されたり難しい部分はあると思います。一方で私は医局にも未所属でしたし、病院にとってあまり有用ではなかったから楽だったのかもしれません(笑)

剛先生

引き止めや説得にあっている時間、病院にいても在宅医療について勉強できる機会はあります。例えば、患者さんに対して「家にいたらこんなことができるのにな」ということを想像したり、「家にいたい」と言っていたのに病院に戻ってきてしまった患者さんたちの経過をみて、どういったことが起きているのかを考えることもできます。
他の専門科の先生に聞いたり、患者さんを実際にみにいったりして、自分の専門外の患者さんに対しても「入退院の繰り返しがどうして起こるのか」「どう対応すれば入院が防げるのか」を考えることにより、在宅医療の現場に出たときに活きてくることがたくさんあると思います。

剛先生

また、病院にいるときの方が医学的に学べることもたくさんありますし、特に自分の専門外の領域について知識を深めておくことが重要です。各専門科の医師がプライマリーやターミナルでやってほしいことは何だろうという目線で眺めておくと非常に役立つと思います。

Antaa 加藤

病院内で臨床に向き合う際に、「在宅ではどうだろうか」という視点を持つことが非常に重要ということですね。

剛先生

はい。ぜひ、他の専門科の先生に意見を聞いたり、実際の現場で見たり聞いたりして、知識を広げてほしいと思います。
私の同期でも、循環器専門医からのセカンドキャリアとして在宅クリニックを開業していく亀島先生がいます。彼は、岡崎市民病院で私と一緒に研修しているのですが、3年目のときに内科ローテートで全部をきちんとまわられているので、いろいろな疾患の臨床経過も想像できるし、ICはとても上手だなと思います。
複合的な疾患を持っている高齢者に向き合うときに、在宅に行ったらどうなるかという目線でみておくことがとても大事ですね。

チームで小さな喜びを積み重ねる楽しさを知った開業

Antaa 加藤

ここからは、開業されてからのエピソードについてお聞かさせてください。開業されてからの印象的な出来事や成功体験、苦労したことなどはありますか?

剛先生

開業してからは、日々自分が納得できる仕事ができることが一番の喜びですね。自分自身に裁量権があるので、「納得できない」と思ったことについて発言することができますし、チーム全体でみんなの意見を聞きながら業務改善に向けて即座に実行に移せることが良いところだと思います。

Antaa 加藤

組織の中ではなかなか難しかったりしますよね。

剛先生

そうですね。病院などでは規模や環境に左右されることが多いのですが、今は小さな変化を積み重ねていけるところが魅力です。毎週ミーティングを行い、チームのみんなが「嫌だな」「無駄だな」「しんどいな」などと感じていることを、少しずつ減らしていくことができるいます。

Antaa 加藤

日々の中で小さな喜びを感じられる職場環境というのは素晴らしいですね。

剛先生

日々の中で小さな喜びを感じられる職場環境というのは素晴らしいですね。


石黒剛|在宅診療

2016年名古屋大学医学部卒業。岡崎市民病院にて初期研修後、いしが在宅ケアクリニックを経て、2019年にいしぐろ在宅診療所 を兄謙一郎先生と開業し、医療法人白青会パートナーシップ制度を設立。個人としてはクリニック経営支援や医療機関の業務効率化を目指すシステム開発など多岐にわたって活躍中。

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