「3年後開業」宣言して入局、在宅診療所開業への挑戦 後編│医療法人 白青会│石黒 謙一郎 先生

医師の新しいキャリアや働き方にフォーカスする「D35」は、実際に医師の可能性を広げられている先生にインタビューし、可能性を広げた先にある景色、そして、そこに至るまでの障壁や葛藤についてお話を伺っています。

今回は、愛知県で在宅クリニックを経営する石黒 謙一郎先生(いしぐろ在宅診療所/院長)にインタビューを行いました。
後編では、クリニック開業に至る経緯や、悩みながら進んできたキャリアについて、じっくりとお話を伺いました。

>>前編『「在宅診療科」がない?!進路に迷いつづけた研修医時代』はこちら

\石黒先生 登壇ウェビナー/
2024年10月24日 20時配信

目次

豊田地域医療センター在宅診療立ち上げのため、後期研修1年で思い切って退局

Antaa 加藤

後期研修は聖マリアンナ医科大学の放射線科に進まれたとのことですが、その理由を教えてください。

謙一郎先生

実際には、2月に消化器外科の医局に入ることを辞めてしまったので、その時点で、4月からの入局を許可していただけるのがそこしかなかったから、ということになります(笑)初期研修でお世話になった放射線科の先生が、たまたま放射線科専門医会の理事長などをやられていた先生で、その先生が、聖マリアンナ医科大学放射線科の教授に頼み込んで、入局させて頂いたかたちとなります。実際、放射線科には興味があり、全身を診ることで多くの病気を学べる点に魅力を感じましたし、特に聖マリアンナ医科大学の放射線科は、救急外来の横に放射線科ブースがあり24時間365日放射線科医が泊まり込み全件読影し、緊急IVRとなれば夜中でも放射線科医が何人も集まってくるという、とても放射線科とは思えないアグレッシブな環境でした。救急外来でのさまざまな疾患を、放射線科医として当直しながら勉強するのはとても面白いと思いました。でも、入局して早々に、放射線科の先生たちは本当にレベルが高くマニアックな先生が多くて、自分は到底勝てないなと思ってしまって(笑)また、AIが画像を読む時代が来るとしたときに、放射線科の未来にも不安を感じました。
そんな時に、地元豊田市の豊田地域医療センターで、母校の藤田医科大学の先生たちが在宅医療を立ち上げるという話を聞き、見学に行くことにしたんです。見学の際には、在宅医療メインというよりは、在宅も外来も病棟も診る家庭医療という文脈での話が多く、とにかく在宅医療だけやりたいと思っていた僕にとっては、正直それほど響くものはありませんでした。しかし、帰り際に駐車場までプログラム長の大杉泰弘先生が出てきてくれ「いろいろ話したけど、結論、スタッフとして僕らを助けて欲しい」と言われ、その時に「あ、ここまで正直に言える人なら、信頼してもいいかな」と思い、入局を決めました。

Antaa 加藤

そして、聖マリアンナ医科大学を辞めて、豊田地域医療センターに挑戦されるのですね。

謙一郎先生

はい。放射線科では行き詰まりを感じていたので、思い切って辞める決断をしました。教授に相談したところ、「お前がそこまでやりたいならいいんじゃないか」と背中を押していただきました。直前にお願いして無理やり入局を許可頂いたのですが、1年で辞めるという、またこれもキャリアとしては迷いに迷っている結果となりました。放射線科の先生方たちはとても良い先生たちでしたし、今でも食事に誘っていただける先生もいて、大変お世話になりました。本当に、ご迷惑をおかけして申しわけなかったと思っています。

「3年後開業」を宣言、在宅診療のロールモデル不在の中での模索

Antaa 加藤

豊田地域医療センターではどうでしたか?

謙一郎先生

豊田地域医療センターでは、藤田保健衛生大学総合診療・家庭医療プログラムにのり、総合診療・家庭医療と在宅医療を中心に活動を始めました。地元出身で仲間もいて、在宅クリニックを開業するための準備期間としては、キャリアとして初めて、本当に充実した3年間を過ごすことができました。

Antaa 加藤

開業までの道のりを教えてください。

謙一郎先生

在宅クリニックを開業したいと思っていましたが、今までのキャリアは迷走してしまっていたので、藤田医科大学に入局する際には「ここで在宅医療を学んで開業する!」と決めて入局することとしました。ですので、入局するときに「3年後、専門医を取ったら医局を辞めてすぐに開業する!」と宣言しました。反対されるかなと思っていましたが、逆にプログラム長の大杉先生からは「いいね!協力するよ!」と言っていただけました。これにはとてもびっくりしました。
実際に開業するまでには、多くの方々に助けられながら進めることができました。実際に大杉先生もとても協力してくれました。本当に感謝しています。ただ、それまでのキャリアでは、本当に迷ってばかりいて、多くの人に迷惑をかけていたことを改めて伝えたいです。みんながキャリアに迷うのは自然なことだと感じます。僕自身、外科の医局に入ると言っていたのを直前に辞め、急遽入れていただいた放射線科も1年で辞め、という状態だったのですから(笑)

Antaa 加藤

堅実に進んできたように見えますが、意外にも迷走があったのですね。

謙一郎先生

はい。迷って失敗し、本当に周りに迷惑をかけることが多かったと思います。在宅クリニックを開業したいという思いは学生の頃からありましたが、その道筋は悩みや苦労の連続でした。特に、若手開業のロールモデルが少なく、相談できる相手がいなかったことが大きかったと思います。具体的な開業の方法を教えてくれる、ちょい上の先輩がいればもっとスムーズに進められたと思います。迷っていた時期は無駄ではないですが、やはりそれ相応に悩みました。辞める時も大変でした。

Antaa 加藤

辞める時もご苦労されたのですね。

謙一郎先生

はい。僕の作戦としては、先輩には相談せず、教授にだけに「辞めたい」と伝えました。 先輩に話すと絶対に止められるため、教授の了承を得ることが一番だと考えたからです。教授がOKを出せば、他の人も納得してくれますし。ただ、そこまではうまくいったのですが、辞めると決まった後も退職まで数ヶ月は医局では働くわけで、その時がとても辛かったですね。何が辛いって、辞めるって発表されてからも「辞めちゃうなら最後にこれだけは覚えておけ」といって、最後まで辞めていく僕の相手をしてくれた先生方がおり、本当に申し訳なく、ありがたく思い、辛かったです。その先生方の気持ちに応えれるよう、朝早く出勤しましたし、昼休憩もとらずに予習復習をし、教えていただいたことを全て吸収できるようにがんばりました。結果、めちゃ痩せました(笑)

Antaa 加藤

そのような経験から学ばれたことは?

謙一郎先生

行動の大切さ・辛さ、切り替えの大切さ・辛さ、ですかね。
この経験から、僕はキャリアに迷っているみなさんに、「若手でも在宅クリニックを開業する」というコースであれば、ちょい上の先輩として、迷わずに進めるようにサポートしたいと考えています。迷うことは自然ですが、既存の選択肢だけでは、自分の納得いくキャリアがない時もあります。僕のように医局という既存の限られた選択肢の中だけで、フラフラしなくていいと伝えたいです。そして、やはり実際に行動することが大切だと思います。一歩を踏み出し、失敗しても、方向転換すればいいのです。大学受験や恋愛など、すべての経験には意味があり、振り返ると良かったと思えたりします。全ての出来事において、それ自体に善悪は無く、その後の自分の考え方や行動でどう活かしていくか?こそが大切だと思います。

自分の限界を知り、柔軟に切り替えてキャリアを歩む

Antaa 加藤

失敗を恐れずに軌道修正するには、勇気がいりますよね。
石黒先生はどのように失敗に向き合っていますか?

謙一郎先生

まずは、挑戦し続ける限り、失敗なんてないと思っています。でも、そう思ってても、思った通りにならない時は大変ですよね。そんなとき、僕は能力が高くないからこそ、簡単に切り替えられるのかもしれません。能力が高い人は、だいたい頑張ればある程度できるようになりますし、できるようになってきた経験があるので、切り替えをせずに粘ってしまうことが多いかなと思います。しかし、僕の場合、現役の大学受験は全て落ちてますし、自分がそれほど能力が高いと思っていません。放射線科から転科した時も、周りの先生がすごすぎて放射線科として自分が活躍する想像が全くできなかったのです。ある意味、自分のことをよく理解していたことが、よかったのかもしれません。

Antaa 加藤

自分の限界を理解しているのは大切ですね。

謙一郎先生

そう思います。僕は自分の能力がそれほど高くないと思っていて、それで良かったと思っています。自分でできない分、周りに助けてもらうことも多いですし、助けてもらう際に自然に感謝もできると思います。なんでも自分でできる人だと、なかなか他人への感謝が生まれないかもなあと思ったりもします。

やってみなければわからない、まずは挑戦しやすい場所を

Antaa 加藤

今後の目標について教えてください。

謙一郎先生

そうですね。さらなる「選択肢の提供」を行っていきたいと思っています。
今までは、患者さんに対して、在宅医療という形で、自宅で最期まで過ごすことができる「選択肢」を提供してきました。
次は、先生方に対して、僕らと一緒にパートナーシップ制度という形で、若手医師でも経営の知識や自己資金が無くても、僕らと一緒なら開業できるという「選択肢」を提供していきたいと考えています。
やりたいことは、あくまでも「選択肢の提供」で、最終決定者はみなさんです。患者さんにとって自宅看取りだけが正しいとも思いませんし、先生方にとって開業だけが一番よいとも思っていないです。ただ、みなさんが多様な選択肢の中から自主的に選べることが、納得感と幸福感に関わると思っています。その過程で、僕らができる手助けがあるなら、僕らも幸せです。

Antaa 加藤

それでは、最後にキャリアに悩む読者へのメッセージをお願いします。

謙一郎先生

僕もキャリアで悩んだ時期がありましたし、医局を3回辞めた経験(初期研修医時代に入局予定を取りやめた経験1回含む)もあるので、悩む気持ちはよくわかります。ただ、やってみなければわからないこともたくさんありますし、合わないと思ったら別の選択肢に移ることができる時代になっています。その中で、僕らはパートナーシップ制度という形で、若手医師でも、経営の知識や自己資金が無くても、僕らと一緒なら開業できるという「選択肢」を提供しています。在宅医療でクリニック開業に挑戦することも選択肢の一つとして捉えていただけると、より多様な選択肢から選ぶことができるようになり、先生方の、より納得した、より幸せな、キャリア形成に繋がると思います。

Antaa 加藤

本日は貴重なお話をありがとうございました!


石黒謙一郎|在宅診療

2013年藤田医科大学(当時、藤田保健衛生大学)卒業。東京都保健医療公社荏原病院にて初期研修終了後、聖マリアンナ医科大学・放射線科、藤田保健衛生大学総合診療・家庭医療プログラムを経て、2019年に現在のいしぐろ在宅診療所を開業。

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